育った環境が悪いと自己肯定感や自己受容感は高められない?!我が家の家庭環境からの考察

 

幸せを感じながら生きる
これが私にとっての人生最大のテーマなのですが、
そのテーマを全うするにはやっぱり、自己受容感いうのが人間関係やビジネス、学校、会社、なににつけても大事なキーワードになってくるのではないかと、最近、思ってます。

自己受容感(ありのままの自分でいい)がないばかりに、
出来ない自分はダメなんじゃないか、
人に必要とされていないんじゃないか、

人よりも劣っているんじゃないかと不安になったり、

また、人に必要とされたいがあまりに、自分が心から望む方向とは違うことに力を注いでしまったり。

親に喜んで欲しいから親がいう道に進むとか。

親がその心に気づいて
その気持ちだけで嬉しいよ!
自分のやりたいことをやりなさい

と言ってくれたらハッピーだけれど、親もまた人間です。
完璧な人なんていないし、弱い部分もあります

だからこそ、親だって判断も誤るし、
ガチガチの固定観念のもとに
子供を支配してしまうこともあります

けれど、子供にとって近くにいる大人、
親の存在は絶対的で良くも悪くも影響力がある!と実体験からもまた文献を読んでも思うところです

 

自己受容感を高く保てる環境で育っていた私…そして、父親

本当に多くの友人、知人が親との関係で悩みがあることを大人になってから知りました。
私のうちはごくごく普通で、みんなこんな感じなんだろうと実はずっと思って生きていました。近所の友達のうちとかもそんな感じだったのでね、なんにも疑わず育ってきたんです。

でも、どうやらそうでもないんだ、、、ということをごくごく最近、知りました。

私が育った家庭はというと、父、母、兄、私の4人のごく普通の家族構成のお家です。

まずは両親のことからさかのぼると、

父は5人兄弟の末っ子で、
母は5人兄弟の上から4番目。

それぞれが姉兄に可愛がられていたような環境下です。

戦後、まもなくの生まれなので、まだまだモノも少なくて、貧乏話、苦労話はよく聞かされていました。その中でも私が印象に残ってるエピソードがって、それは父親の小さいころの話です。

父親は小さい頃に貧乏ゆえに親戚の家にしばらく預けられたことがあったそうです。

詳しい内容やその時の父の心境を本人から直接聞いたことはないけれど、母曰く

「お父さんは小さい時に自分が家族や兄弟と離れて、寂しい思いをしたから、あなたたちには寂しい思いをさせちゃいけないと思って優しいんだと思うよ~」と聞かされたことがあります。母親もいつも父親は子煩悩でね~、お風呂入れるのはお父さんの仕事だったね~と母は本当にいつも父親のことを褒めていました。(でも、世話のかかるところも大ありな父親でしたけどね笑)

 

そして、父とは5つ離れた叔母のエピソードでは、
「 かっちゃん(父のあだ名)はね、最後の最後で高校行きたいって、言い出してね、私がね、受けられる高校探したりね、そりゃ〜大変だったのよ、ワハハ」

という話も聞いたりしました。

聞いた時はその出来事の事実だけ「ふぅ〜ん、そうなんだね」と聞いていた私なのですが、でも、この生き方こそ、父自身が自己受容感を高められる環境の下にいたんだなぁ~と再確認できたのです。

父は母に大切にされ、また、スーパー姉ちゃんという最強応援団の下、
常に父を温かく見守ってくれるような人間関係のある環境で生活していたことに気づいたのです。

父親は貧乏な家庭に育ったけれど、
近くにいつも父を大切に思ってくれる存在がいたんです。

頼めばなんとかしてくれる、スーパー姉ちゃんです。
そんな姉ちゃんがいたからこそ、父は環境や自分を諦めることなく
貧乏ながらも、自分が好きな機械いじりの道に進むことも出来たと思うのです。

 

私も父のことは今でも尊敬していて、難しい電気工の国家試験の勉強も仕事終わってから、学生だった私と同じように暗い部屋でデスク灯を1つつけて、メガネかけながら、なにやらよくわからない数式みたいなものと戦っていたのを覚えています。

 

今から思えば、そうした資格を取ったのも、自分自身のステップアップというよりも、おそらく、この資格があった方が仕事の幅も増えて給料アップ出来るかな、ひいては家族がもっと潤うかな・・・そういう考えのもとに行動してくれていたのではないかと思ったのです。父はそうやっていつも私たちが困らないように頑張ってくれていたんです。

 

そして、私自身のことに置き換えてみると、やっぱり父親が私にとっての一番の良き応援団でいてくれていたのです。

高校の時に希望者だけが行く夏休みのオーストリア短期留学、友達も行くというからどうしても行きたいとお願いした記憶があります。当時はまだ今みたいに格安航空券など主流じゃなかったので、たった1週間くらい行くにも30万円くらいかかったと思います。

 

子供が行きたいっていうから「はい、どうぞ!」と二つ返事出来るようなうちでもなかったし、学費だって普通にかかりますしね、それでもいいよって言ってもらえたり、大学が忙しくなった3年生からの一人暮らしも仕送りしてもらったり、そして、大学卒業してからの海外留学も、心配しつつもやっぱり、最後はいつも私の意志を尊重してくれてOK出してくれていたんですよね

 

お金の工面もそうですが、子供が遠く離れて一人で暮らす、ましてや海外なんて大丈夫なんだろうか…そんな心配もあったと思うのに、信用してくれて送り出してくれたんです。

 

後々のエピソードでは、さすがに海外留学は父親も悩んだのでしょうね、でもスーパー姉ちゃんに相談したら、私が行きたいというなら信じてあげたらということがあったそうなんです。

 

全く、私はたくさんの人たちの愛情の中で育っていたんだなぁ~~と感謝しかありません。

私がいつも自分のやりたい!が出来てきたのは、こんなふうに両親、両親の兄弟、そして父や母の両親…そんなふうな家族の「相手を信じ、想う愛情」があって叶えられていたことに気づきました。

過去を振り返って思うのは、私がどうしても叶えたい!と心から強く望んだことに対して家族から反対されて出来なかったという環境がまったくなかったのです。

 

私は自分では気づいてなかったけれど、そうした環境が私の自己受容感を高めることに一役買ってくれていたし、人として理解されているんだ、受け入れられているんだと感じていたからこそ、自己肯定間高く生きてこれたのだなと思いました。

 

まとめ

今日のまとめとしまして、

自己受容感を高く保てていたのは、

いつも私が認めて欲しいと思った時に認めてもらえる環境で育っていたこと、そして、育ててくれた親もまたここぞ!という時に応援してくれる人がいてくれたことで、認めてもらえる環境にいた安心感が「自己受容感」を高めることになった

という考察です。

つまり、自己肯定感の強い親に育てられたから、私自身も自己肯定感が育てられたという考察です。

けれど、どんな親に育てられても自己受容感は取り戻していくことが出来るそう思います!

育った環境が良く自己受容感が高かった私もを完全に自信喪失した経験があります。そこからの這い上がりを知ってもらえたら、きっとあなたも同じように自己肯定感・自己受容感を高めていけると思います!

自己受容感を低くすることも簡単だし、また、下がった自己受容感も上げることも出来るのだと実体験からの学びで感じています。

では、次回はそんなお話をお届けします。

 

自己受容感を高めること!
あなたが幸せを感じるためにすごく
大事になってくると思います。

 

ぜひぜひ次の記事も読んでみてくださいね

今日も読んでくださってありがとうございます!

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